koji3776のブログ

2022年入院 50代 高次脳機能障害 1年8ヶ月ぶりに会社復帰

走ると見えない景色

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ボーダーコリーと朝晩、公園を散歩する。

初めて全速力を出してみた。

一周2.8km。
いつもより速く、全速力。

なのに、ランナーが次々と私を追い越していく。

帰宅すると妻が、
「今日は早いやん?」
と迎える。

そりゃそうだ。
全速力だったから。

40代の頃、単身赴任していた横浜では10kmを走っていた。
あの頃は、追い越されることなんて、ほとんどなかった。

思い返せば、すでに右半身には違和感があった。
でも、ただの老化だと思っていた。
まあ、その話を始めると長くなる。

今は追い越される。

そりゃそうだ。
歩いているから。
全速力だけど。

走ろうとは思わない。
走れないし。

もし走れば、身体の動きと脳の司令がちぐはぐになり、転ぶ。

だからコースの真ん中も歩かない。
端を歩く。

歩く速さになると、見える景色も、耳に入る会話も変わる。

「ご主人の手術どーやったん?」
「最近、前からこけますねん。」

こんなふうに、身体が変わってから経験する”初めて”は、おもしろい。

半年の入院も初めて。
休職も初めて。
障害者職業センターに通ったのも初めて。
空をぼんやり眺める時間も初めてだった。

病院や障害者職業センターでは、それまで出会うことのなかった人たちとも知り合えた。

走っていると、見えない景色がある。

最後に勝ったのは?

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ラグビー先輩は少し前から、レヴォーグかフォレスターを買いたいと話していた。

先週、娘さんが帰阪していた時に車の話題になったらしい。

娘さんが奥さんに、

「もう最後やねんから、お父さんの好きな車、買ってあげたら?」

と言った。

ラグビー先輩は
「え? 最後? (62歳?)」
という部分に少し引っかかったものの、

「ええ事言うやん」
と、我が娘の援護射撃を嬉しく思ったらしい。

その後、先輩夫婦は娘さんたちを新大阪まで送った帰りにディーラーへ寄り、狙っていたフォレスターを試乗した。

運転席はラグビー先輩。
助手席にはセールスマン。
後部座席には奥さん。

奥さんはセールスマンに次々と質問をしていた。
ラグビー先輩は「これはいけるかも」と期待しながら、そのやり取りを聞いていた。

その話を昼ご飯を食べながら聞いていた私も、一瞬、
「おっ、先輩、車買うんか?」
と思った。

しかし。

以前から聞いている限り、奥さんはかなりの倹約家。

例えば、美容院に行かない。
店で髪を切ったのは3年前。
店と言っても美容院ではない。
店先で赤と青と白がクルクル回っている理髪店。

それ以来、理髪店にも美容院にも行っていない。

じゃあ、どうしているのか?

ラグビー先輩が切っている。
奥さん自身でも切るらしいけど、
「後ろをこんな感じで切って」
と言われると、先輩がハサミでザクザク切る。

ラグビーはやっていたが、手先が器用な方かと言われれば、たぶん違う。

先日、先輩が奥さんとのツーショット写真を見せてくれた。

先輩は

「会社で一番可愛かった」
と言っていた。
謙遜で過去形にしている。

写真には今も可愛らしい奥さんが写っていた。

髪は程よいセミロングで、ふんわりしていて、きれいにまとまっている。
とても素人が切ったとは思えない。

ましてやラグビー先輩が?

不思議に思って聞くと種明かしをしてくれた。

ウィッグらしい。

ウィッグにはお金をかけているそう。

私は奥様の中では美容院代と比較しているのだと思いながら聞いていた。

奥さんは外食にも積極的ではない。
「家のご飯が一番おいしい」
と言うらしい。

Mrs. GREEN APPLEのファンだそうだで、この前も長居スタジアムまで音漏れを聞きに行ったらしい。
ライブではなく、音漏れ。

趣味は何かと聞くと、
「昼寝とFM802かなぁ」
と先輩は言った。
家ではよくFM802が流れているそう。

あとは年に一度、二泊三日の一人旅。
前回は白浜へ行ったらしい。

美容院に行かない。

エステにも行かない。

ネイルサロンにも行かない。

ライブに行かず音漏れを聞く。

家ではFM802。

そんな奥さん。

話をフォレスターに戻す。

試乗を終え、ディーラーから帰宅した後。
奥さんが言ったそう。

「あのなぁ、やっぱり今、乗ってるプリウスがいいわ。今日乗ったやつ、大きすぎて私には運転出来んわ」

さらに、

「今のプリウスが潰れたら、その時考えてもええけど」

・・・

おそらく試乗中、後部座席ではこんなことを考えていたのだろう。

「うわぁ、めっちゃ嬉しそうに運転してるやん」

「買う気満々やん」

「嫌やなぁ、嫌やなぁ。こんな大きい車」

「中古でも50万円しか違わへんって言うてたけど、それで500万円?」

「ありえへんわ」

一方、ラグビー先輩はウキウキでハンドルを握っていたに違いない。

今週の昼休み。
ラグビー先輩は仕方なさそうに言った。

「まぁ、ここ大阪やしなぁ・・・
北海道ちゃうからなぁ・・・」
「買い物行くにもプリウスの方が便利やしなぁ・・・」
自分自身に言い聞かせるように呟く。

娘さんの援護射撃。

狙いのフォレスター試乗。

そして500万円。

それでも最後に勝ったのは、

当然、

美容院に行かず、
ライブは音漏れで楽しみ、
FM802を聴きながら昼寝をする奥さんの価値観。

ラグビー先輩のフォレスター計画は静かに終わった。

次回を楽しみにしている。

時給、高騰

復職して2年半になる。
入院して、ひと月はあの世に近い病室にいた。
峠を越して意識が戻ると4人部屋だった。
90歳前後のおじいちゃんが2人いた。
カーテン越しの向こう側が急に忙しくなって、看護師さんたちが動きわまる気配がしたと思ったら1人亡くなった。

 私の方はというと、まだ生きることになり、瀬戸際の人達の病室から生きる方の病室に移った。

 意識が戻って歩行訓練が始まった。
まっすぐ歩けるようになった。
自由時間に出て良いのは、一周100メートルの6階病室の限られたフロアだけ。
カードキーがあれば、ドアの向こう側に行けるのになぁ、と外の世界が少し青く見えた。

入院していた半年間は狭い狭い世界にいた。
限られた空間で限られた人しか関わらなかった。

今は三途の川からとおざかった。
数年は生きる気がする。数十年かも。

今週は年俸、ボーナスの面談があった。
お金にまつわることは俗俗する人が多い。
俗世間に戻ってきた感がひとしお。

当然、年収は下がった。
営業の時と比べると絶対額は爆下がりした。

でも、簡単には比べられない。

営業の時はパソコンの電源を切ってから管理職会議があり、予算がどうのこうのと言いながら日付が変わる事があった。
サービス残業やサービス休日出勤は当たり前。
年俸は高いけど、実質時給は薄まっていた。

今は、
収益予算はない。退社する時は陽が高い。
帰宅しても、まだまだ明るい。
出社前は夜明けとともに自然と起床する。(これは歳のせいもある)
5時過ぎ、意気揚々とワンコと散歩する。
終わったら会社行こう。
と、これまた同じく意気揚々と・・・

カレンダーを見ると日曜日だった。
という日もある。
別な意味で土日は関係ない。
サザエさん症候群はない。
平日も休日も変わりなく、平常心。

と言うことで、時給は大爆騰している。
最高値を更新した。

勘違いの多い人生

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屋根の樋が外れた。妻がその修理と外壁塗装の見積もりを依頼した。

犬の散歩の帰り道で・・・


「チャッピーに聞いたら見積もりは3社くらい出した方が良いねんて」


「ふーん」


「で、値段を『みわ決める』ねんて。
・・・
あ、違うわ、『みわける?』
ん?
違うなぁ。
『ミキキミル?』
んー、ちがうわ〜?
いや、わかってんねん、
わかってんねんで!
なんて言うんやったっけ?」


「なぁ、大丈夫?それ『見極める』やろ?
「見る」と「極める」で分けといたら忘れへんのちゃうか?」


「さっ、オシッコしたし、さぁ帰ろ!」

とワンコたちに声をかけ、話題ごと強引にねじ曲げて角を曲がった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

入院した当時は眼球もヘンテコリンで字が読めなかった。
夕食前。その名残で、YouTubeで検索した。
テレビ画面に朗読チャネルの『太宰治・津軽』と名前と題名がデカデカと映っている。

聞いてみた。


「知ってるん?」


「知ってるで。ダザイオサムやろ」


(流石に知ってるわなぁ)


「吾輩は猫である。書いた人やろ」
(どや!)


聞いてもないことを自慢げに掘ってきた。
「それは夏目漱石やろ・・」
「太宰治が他に何書いたか知ってるん?」


「ヒントは?」


「1文字目は『は』やって」


「は?」


「は・し」


「は・し?」


「は・し・れ」


「あ〜!走れメロスな!」
「外人みたいな名前やな」


(そうやな…)
「じゃあ『に』からはじまるやつは?」


「に?」


「に・ん」


「あ!
知ってるわ


(お!早いやん)


『忍者ハットリ君』や!」
 

「人間失格な」


「あーあー、それな!映画でやってたな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私が入院したとき妻は「ご主人は、生き残っても重い障害が残ります」と医者に言われたらしい。

妻は昔、スキー場で意に反して、後ろ向きにズリ落ちて、転げて、少し気を失ったことがある。
だからなのか?
太宰治が忍者ハットリ君を書いたと思っている節がある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この日記はわたしのリハビリのためにはじめた。ありのままを伝えるために。

収益予算の重し

営業が嫌だと言っていた紫先輩が今月で辞める。

先輩にとって当社の営業はかなり過酷な世界だったらしい。
まぁ、その感覚はわかる。

私も30年間ずっと営業をしてきた。
病気のあと、初めて3年ほど非営業の部署を経験した。
たった3年だけの感想だけど、今の部署には収益ノルマがない。
代わりにミスをなくすことに力を注いでいる。

給料の高い低いはひとまず置いておくとして、営業時代と比べると精神的にはかなり楽だ。

会社や部門によって事情は違うだろう。
それでも「収益予算の有無」と「ストレスの大きさ」には、かなり強い相関があると思う。

異動の噂が出て、事務方から営業へ行くかもしれないとなると嫌がる声をよく聞いた。
部下との面談でも「非営業に行きたい」と訴える子がいた。

会社は何千人いても利益目標は一つだ。
1つの目標にむかって何千人が動く。
その数字を妥当だと思う人もいるだろうし、高すぎると思う人もいる。
私の周りでは後者の方が多かった気がする。

一時期、収益予算そのものがなくなったこともあった。
だが長続きはしなかった。
ほどなく復活した。

何十年もかけて作られた仕組みだから、簡単には変わらないだろう。
たぶん、この会社だけの話でもない。

まぁ、不貞腐れても仕方がない。
営業時代、与えられた収益目標の中でどうやって相場に勝つかを考えていた。

朝会では連絡事項を伝える。
「会社としてやるべきこと」も伝える。
そのあとで、
「今の相場状況なら、どこに賭ければ勝てるのか。それを面白く伝えれるのか。」
そんな話をしていた。

時々、会社のやるべきことを忘れて相場に勝ちに行こうとしていた。

同行訪問前に部下から
「規定商品の提案です」
と冷静に言われ、

「あっ、そうやな。それな。やらなあかんな」
と、さも落ち着いた風に返したこともあった。

そして今は、脳がやられたあと復職している。収益ノルマは無い。

稼いでる人たちには感謝している。

辞める辞める詐欺 完結

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福井に勤務していた頃(2015〜2019)、単身赴任の3人で会社帰りにご飯へ行ったり、休日に遊びに行ったりしていた。

私が救急車(2022年)で運ばれた後、目覚めてしばらくした頃に「大丈夫か?」とLINEが来た。退院祝いもしてもらった。
ありがたい。

そのうちの1人、紫先輩は管理職を卒業したあと、収益のノルマのない部署へ異動した。なんだかんだ、楽しそうにやっていた。
しかし——。

2年前。
私の復帰祝いを兼ねて3人で伊勢志摩へ旅行に行った。
紫先輩は「旅のしおり」を作ってきて、3人に配った。
(しおり? 3人やけど? わざわざご苦労さんやなぁ、そういうの好きなんやろなぁ)
と思いながらイラストが描かれた表紙をめくると、
◯時 △△
×時 □□
と、スケジュールが並んでいた。
予定より遅れそうになると、運転中の独り言や他の車へのツッコミがだんだん荒くなる。予定通りが好きな、ある意味キッチリした先輩だった。

福井時代の職場では、
私が隣の課から
「紫先輩、いいですか?」
と声を掛けると、青紫の顔で
「今、テンパってるわんで!!」
と皆の前で大声で返事をした。
何か予定が狂ったんだろう。
部下たちは
「課長がテンパってる?」
とザワザワし始めた。
私はこらえて、黙って席に戻った。

課長がテンパると、部下にも伝染するかもなと思いながら・・

笑いをこらえる。。

旅行はちょうど人事異動の時期だった。
ホテルを出ようとした時、紫先輩の会社携帯が鳴った。

支店長からだった。

電話を切った瞬間、先輩から「ドヨ〜ン」という重たい空気が流れた。

「◯◯支店の営業課に異動です……」
とつぶやいた。
営業が相当嫌らしい。

営業 → ノルマ → お客様対応 → 課内対応 → しんどい → ヘロヘロ
そんなイメージが、頭にも顔にもあふれていた。
ちょっと面白い。

その後、先輩はずっと営業だった。
飲み会でも、ため息と一緒に席へ着く。
「あ〜、しんど。はぁ〜」
「次、非営業に異動せんかったら辞めるわー」
が口癖だった。
笑ったらあかんけど笑ける。

周囲からは「辞める辞める詐欺」と言われていた。
このまま“オオカミおじさん”になるのかと思っていた。
やっぱ少し笑ける。

そんな先輩から昨晩、寝ている間にLINEが来ていた。
「今日、私が6月末で退職することを、支店長から支店全員に発表がありました」
と。
お!ほんまに辞めるか〜

再びの営業、約2年。
私の周りには、60歳で定年を迎えた後も継続雇用で65歳まで働く人が多い。
紫先輩の話をすると、

「家に居てどうするん?」
「奥さんの邪魔にならん?」
「継続雇用の方が給料ええのに」
「時間持て余すやろ」
「切られたん?」
など、驚く人が多かった。

私が思い浮かべたのは
家で光る棒を振りながら、
「イェイ! イェイ!」
「うぉー! うぉー!」
と全力でオタ活をしている先輩の姿。
こっそりアイドルオタクをやっている。

奥さんはそれを見守れるのだろうか。(今は公認)
それとも先輩はオタ活に飽きるのだろうか。

予定が狂うとテンパる先輩。
一年後、どうなっているのか少し楽しみ!
やっぱり面白い!